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人生は冒険旅行。一日一生、毎日は旅の1ページ。旅するように暮らしたい。アレやコレができたら楽しいな♪と夢想のち実現化していくコトガラを、撮ったり、書いたり、綴っているブログです。


by サハラ
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【偲】父への手紙(12月の巻)。

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お父さん、
12月になりました。

今朝のすごい雨音で
目が覚めた時、
とっさに、あぁ今日は1日だ
お父さんの日だなぁ
って思ったよ。
お父さん、
嵐を呼ぶ男だもんね(笑)。


先月にね、
カズさんが
急に思い立ってさぁ、
岩手に旅してきたよ。

盛岡に
鉄瓶を見に行きたい、って
急に言い出したの。

家にはもう何個もの
鉄瓶があるのに、
新しいのを見たい、って。

うん、もちろん。
なーんの文句もないよ、
盛岡は思い出の地だもの。
張り切ってグランクラスやら
温泉の予約を入れたよん(笑)。

当初、1泊目は宮古に泊まって
3.11の地震のお見舞いを
してこようと思ったんだけど、
なんだかタイミングが合わなくて
結果、行けなかったんだけど。

そうしたらね。
2泊目に泊まった
鶯宿温泉でね、
宮古から来たという
ご夫婦と会ったの。


あの日。
おっかぁの里さ帰ってて
宮古にはいねがったんだ。
そしたらあの津波だ。
すぐにもけぇらねばと
思ったけども、
けぇられながったんだ。

だがら、おれらは
しばらく部落の中では
行方不明者になっちまってな。

ようやく宮古にけぇった時には
なぁんもなぐなっててなぁ。

となりのウチでは
嫁こと1歳のわらしが
流されてしまった。





いまは復興住宅に
住んでんだげども
ドア閉めたら
どこともな、
行き来もなぐなってな。
仮設住宅の時の方が
いがったなぁ。

もう、あそこさは
けぇられねえげども
生ぎでがねばならね。
隣りのばあちゃんと
嫁ごとわらしを亡くした
ばあちゃんの息子に
声かけあってな、
とにかく1日1日な
生ぎでがねばなんねんだ。


お父さん、
わたし何も言えなかった。
黙って話しを聞くだけだった。

泣きそうになったけど
わたしが泣いてどうする、
って胸の中で力こぶを
握りしめながらお話を聞いたの。

宮古に行けなかったけど、
宮古から来たご夫婦の話しを
聞くことができた。
何もできなかったけど、
話しの相手になれたよ。


わたしでさえ、
いなくなってしまった人を思って
もう会うことができない人を思って
悲しくて胸が凍える日があるよ。

自分のキモチや意思とは関係なく
涙がポロッと落ちちゃうことがある。
それが「悲しみ」ってやつなのかな。




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お父さんと一緒に
富士山を見たかったな。

青森新幹線に乗りたいって
言ってたのにね、
連れて行けなくてゴメンね。

元気になったら
スカイツリーで
快気祝いするんだって、
隅田川の屋形船を貸し切って
大宴会するんだって、
そう言ってたのにね。
ソレもコレも
してあげられずにゴメン。

いろんなことを
すごく後悔しているヨ。
やりたいと思うことは
生きてるうちに
やっときゃなきゃダメだ。





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お父さんはもういない。
うん、もういない。
いないんだよなぁ。

だから、
いま在ることを
大切に大事にしようと
ほんとにね、そう思うの。

実々も元気だよ。
こんな風に雪原を
ピョンピョンと
跳ねまくってたよ。


" 文よ、
 自分でやれると思ったら
 できるんだぞ。
 だからな、思ったことは
 なんでもやっていいんだぞ。"


うん、
我はお父さんの子だもの。
メソメソしてる場合じゃないね。
お父さんに褒めてもらえるよう
わたしがんばるよ。
うん、はい。
またね。


本日もお疲れさまでした。
お父さん、いつもありがとう。


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by ayakosahara | 2016-12-01 23:04 | 天然生活 | Comments(0)